やりとりがわかる制作例
架空のパン屋さんのチラシ作り
初めてデザイナーに依頼する方の中には「どういうやりとりが発生するのか、何をどう伝えればいいのか不安だ」という方もいらっしゃるかもしれません。
そこで架空の案件をもとに、発注から制作までの流れを見ていきたいと思います。やりとり自体はフィクションですが、できるだけ実際の打ち合せに則した感じにしています。ご参考になれば幸いです。
今回の設定では、知り合いの山田さんに「ちょっと相談したいことがある」と言われ、中原が打ち合せに赴いたところから話を始めます(尚、中原以外の人物や場所は実在しません)。
山田オーナー:今回の依頼者。ベーカリショップを出店予定。
中原デザイナー:当事務所のデザイナー。
山田:新たにパン屋を開くことになりましてね。告知のチラシを作りたいんだけど、どうやってデザインを頼めばいいかわからなくて。
中原:開店おめでとうございます。お店の場所はどのあたりなんですか?
山田:N大学の近くの閑静な住宅街。ただ、ちょっとわかりづらい場所かな。
中原:なるほど。どんなパンを売られるんですか?
山田:自家製でフランスの伝統的なパンをメインにするつもりです。バゲットとかパンドミー、カンパーニュなど。できるだけ天然素材で。
中原:ふうむ。高級路線になるんでしょうか?
山田:いや、値段は安くないけど、いわゆる高級路線にはしたくないです。メーカー品のパンでは物足りないお客さん向けというか。
中原:パンにこだわる人たちのためのパン、という感じですか。
山田:そうそう。そういう感じです。
中原:ところで、あのあたりは他にパン屋さんってありましたかね?
山田:いや、ないですね。スーパーやコンビニはあるけど、ベーカリーショップはうちが初めて。それも出店しようと思った理由です。
中原:お話の輪郭がだいぶ見えてきました。
最初はこういう感じで、ご依頼内容のアウトラインを掴むやりとりが多いです。デザイナー側から色々と質問していきますので。考えていることをストレートに話して頂ければと思います。
また、このやりとりの中で、広告のコンセプトになりそうなことも多々見つかります。独りで考えていると煮詰まることでも、誰かと考えれば視界が開ける。そこが打ち合せの醍醐味だと思います。
中原:お店の名前は決まったんですか?
山田:「山田パン工房」にしました。
中原:フランス風じゃないんですね。
山田:ちょっと迷ったけど、横文字で書かれても何屋さんか伝わらないでしょう。親しみも湧きにくいし。値段が高そうと思われても困るので。
中原:良い名前だと思います。覚えやすい方がクチコミされやすいですし。
山田:最初は15種類ぐらいのパンから始めます。オリジナルの創作パンも作るつもり。
中原:そうするとフランス的なイメージは前面に出ない方がいいんですかね?
山田:ちょっと匂わせる程度でいいと思ってます。あと、パンって見た目だけではなかなか判断しづらいというか、商品の魅力をどう伝えたものかなと。そこも悩んでいて。
中原:そうですね、ケーキなどと違って、食べてみないとわからない部分はあるでしょうね。とりあえずお店に行ってみたいと思わせる部分が必要かな。
山田:そこの部分もちょっと考えてみて欲しいんです。
中原:了解です。あと、チラシの配布方法はどうされるんですか?
山田:近隣のお店に置いてもらうつもりです。雑貨屋さんとかですね。うちのお店から半径500m以内を想定しています。
実際はさらに細かい部分をヒアリングしていきますが、ここでは割愛します。今回は架空の案件ですが、下記のような設定にしました。
・チラシサイズ:B5(片面のみ4色印刷)
・配布方法:近隣店舗への店置き(店舗から半径500mの範囲)
・店舗写真と商品写真はすでに撮影済み。
・文章表現などのライティングは中原にて担当。
このあたりが決まってくると、全体の見積りもご提示できるようになります。
中原:(お店の写真を見ながら)おしゃれな感じのお店ですね。
山田:元々はアパレルショップだったみたいです。改装費にかなりお金が掛かっちゃった。
中原:お店の外観だけで十分興味を惹かれます。
山田:そうですか。それはうれしいな。
中原:ベースになる訴求は「こだわり派のパン」だと思うんです。その上で、2通りの方向性を考えています。ひとつは商品をストレートに訴求していく方向です。見せ方にちょっと工夫がいりますが、ある意味で万人受けする、当たり外れの少ない方向性だと思います。
山田:もう一つの方向性は何ですか?
中原:お店自体の魅力を発信する。行ってみたいお店、気になるお店、そういう訴求もあると思います。山田パン工房に行くことが一つのワクワクする体験になる、とでも言いましょうか。
山田:それは気付かなかったですね。パンのことばかりに気を取られてました。
中原:お店の空間そのものもひとつの商品だと。そういう捉え方ですね。これはどちらかというと、ライフスタイルにこだわりを持っている人たち向けだとは思いますが。
山田:どちらの方向にすべきか悩みますね。2通りの提案をしてもらうことは可能でしょうか。その分の費用はお支払いしますので。
中原:かしこまりました。では、そう致しましょう。
その場で方向性の話が出ていますが、実際には一旦持ち帰らせて頂くことが多いです。また、ラフを描いたりして、方向性の確認をすることもありますが、説明が長くなるのでここでは割愛します。
次の段階からデザイン作業になりますが、今までの工程がプランニングにあたります。チラシなどは比較的短期間で終わりますが、ページ物やWebなどになると、情報整理や全体の構成などを考えていきますので、プランニング作業もかなりの分量になります。
後日、出来上がった2種類のデザイン案を山田さんに確認してもらいます。
中原:では、A案からお見せします。商品を通じてお店を訴求する案です。商品ラインナップが伝わりやすいのが利点です。アイキャッチとしてバゲットを大きく扱いました。それから、一つ一つのパンにコピーを付けています。こうすることで全体として賑やかさを演出しています。
山田:オープンにふさわしい楽しさがありますね。このバゲットは写真を加工してるんですか。
中原:はい。質感やニュアンスが出したかったので。そのままの写真だとインパクトがありすぎて、安っぽくなるんです。お店のテイストを伝えるためにもこういう加工にしました。
山田:味わいというか、雰囲気があります。
中原:メリハリをつけるためにも他のパンはあえてそのままで。
山田:ちょうどいいバランスだと思います。
中原:コピーについてはいかがですか?
山田:私の考えを上手く表現してくれてます。タイトルも「喜び」ではなく「歓び」なのがいいです。
中原:そういう細かいところで、こだわりを積み上げていく感じですね。
※上記の商品画像はストックフォトを使用しています。
中原:続いてB案です。お店自体の魅力を伝える案ですね。雰囲気のある写真を使うことで、行ってみたくなる感じを出しています。ありきたりなものに満足しないお客さんに訴求していく方向です。
山田:これはたしかに「気になるお店」という感じですね。
中原:山田さんにそう思って頂けたら幸いです。
山田:あと、イエローの文字がとても効いていますね。遠くからでも「おや、なんだろう」と気付きます。
中原:店置きのチラシはやはり手に取ってもらうことが大事ですからね。こういう上品な表現なら、センスのよいショップなどでも置いてもらいやすくなるし、そのお店のお客さんにも響きやすいと思います。
山田:なるほど、そこまでは気が付きませんでした。うーむ、A案かB案か、悩ましいですね。
中原:すぐに決めなくても大丈夫ですよ。
山田:わかりました。もう少し考えさせてください。
※上記の店舗写真はストックフォトのものを使用しています。
A案かB案か結論は出ていませんが、ここでひとまず終わりたいと思います。
これ以降については、どちらかの案に決めて頂いた後、細かいご要望を伺って、修正を行ない、OKを頂ければ校了となります。
その後の工程ですが、ご依頼主がご自分で印刷の手配をされる場合、デザイナー側はデータのみ納品という形になります。慣れてないので印刷のことも任せたい、ということであれば、こちらで印刷の手配も行ないます。
以上、やりとりのダイジェスト版という感じで捉えて頂ければと思います。
ご依頼内容によって打ち合せの中身や時間も当然変わってきます。その点はご了承ください。